インド哲学総合スレ2

レス数: 167

概要: 賎民即婆羅門 婆羅門即賎民
No.151
賎民即婆羅門
婆羅門即賎民
No.152
>>107-108

ギリシア哲学とインド哲学では、どちらが古いか?
インド思想を求めてインドを探訪した英国のポール・ブラントン(1898-1989)による『秘められたインド』には以下のようなくだりがある。
“「まさか!あなたは進歩的な西洋が、のろまな東洋からその哲学を授かったなんて、
 まじめにおっしゃっているのですか?そんなことなどあり得ない!」本屋の主人は忠告する。
 「なぜあり得ないのでしょうか?友よ、君のアプレイウス(帝政ローマの弁論作家)をもう一度読んでごらんなさい。
 そしてピタゴラス(古代ギリシアの数学者、哲学者)がインドに来てブラーミンたちの教えを受けた経緯をお学びなさい。
 そのあと彼がヨーロッパに帰って輪廻転生の学説を教えはじめたことに注目しなさい。これはほんの一例です。
 私はほかの例も知っています。のろまな東洋というあなたの言葉を聞くと笑ってしまいます。
 何千年もの昔、あなたたちの国の人びとなどはまだそんな問題があることさえ知らなかった頃、
 われわれの国の賢者たちは、もっとも深淵な問題を思索していたのです」”
― ポール・ブラントン 『秘められたインド[改定版]:賢者たちとの出会いの記録』 日本ヴェーダンタ協会 (2016) p24-25
No.153
高校の世界史もやっていないような奴が
愚かすぎる
No.154
古代イギリスおよび北欧に対するインド宗教の影響
“仏教はキリスト教がひろまる以前にすでにイギリスにひろまっていたのではないかという推定がかつて一部の学者によってなされた。
 その最も有力な証拠はオリゲネースが二三〇年頃に、エゼキエル書註解において、
 「その島(イギリス)ではすでにドゥルイド僧たち(Druids)と仏教徒とが神の唯一性の教えを弘めてくれていたので、
  そのためにずっと以前から、それ(キリスト教)への傾向をもっていたのである。」という。
 これを念頭においてマッケンジー氏が考古学的遺品について調査してみたところ、
 ケルト民族の神ケルヌンノス(Cernunnos)の像がインドの広目天(Virūpākṣa)のそれといちじるしく類似している。
 またその神の或る彫像は、坐して右手に数珠、左手に蛇をもっている点は、
 インドのシヴァ神の神像とそっくりであり、これは素人にも一目でその類似が明らかである。
 また、ケルト民族の或る女神については、インドのカーリー女神との類似が他の学者によって指摘されている。”
― 中村元 『インドとギリシアの思想交流 (中村元選集 第16巻)』 春秋社 (1979) p139
No.155
プロティノスのいたエジプトにおける仏教の伝播
エジプト古代神殿から釈迦像出土 インドと交易の印
2023年4月28日 16:23
https://www.afpbb.com/articles/-/3462046

【4月28日 AFP】エジプトの観光・考古省は26日、紅海(Red Sea)に面する古代の港湾都市ベレニケ(Berenice)で釈迦(しゃか)像が見つかったと発表した。インドとローマ帝国時代のエジプトの交易活動を知る手掛かりになるとみられている。
 像はローマ帝国時代のもので、ポーランドと米国のチームが「ベレニケの古代神殿の発掘調査中に見つけた」という。
 エジプト考古最高評議会(Egyptian Supreme Council of Antiquities)のムスタファ・ワジリ(Mostafa al-Waziri)事務局長は、今回の発見について「ローマ帝国時代のエジプトとインドが交易していたことを示す重要な印だ」と述べた。
 見つかった釈迦像は高さ71センチ。右脚を含む右半身が欠けている。頭には後光が差し、脇にはハスの花が彫られている。
 ワジリ氏によると、ベレニケはローマ帝国時代のエジプトでは最大級の港で、インドから香辛料や半貴石、織物、象牙を積んだ船が頻繁に訪れていた。(c)AFP
No.156
アブラハム系の宗教を除けば
ヒンドゥー教は最も知性の点で優れている
No.157
◉今まで長きにわたって「神の有る・無し」について議論がされてきましたが「明確な証拠」による結論が出ました。
この世において「神。それも全知全能で愛のみの神」が存在するという事ほど「神秘的な奇跡」はないと思います。
そして、この事実を知ることができた人は今後の人生を最高の安心、恵まれ・豊かさ意識で生きていけると思います。
このまま私はアドレスのみ置いて立ち去りますが興味のある人は参考にされて、人生が根本・決定的レベルで楽になられて下さい。 
人生において『神や転生(魂の不死)、因果法則の存在』などを証拠・確信をもって知っておくと(我々が潜在的に神様から保証されている膨大的な恵み・永遠の命にも気付けて)心に余裕が持ちやすくなり、自分の将来・運命に対してもプラスとなる生き方がしやすくなり、逆に知らなければ人生の長きにわたって遠回り・大損になると思うので、ここに一つの「真理の検証・証拠HP」を残しておきたいと思います。
当サイトでは、共に世界的ベストセラーである神の言葉『神との対話シリーズ』と、その神の言葉の裏付け・証拠となる体験本『喜びから人生を生きる!』という本を関連付けて紹介していますが、
ご自分で直接に本を読んで頂くのみでも『本当に誰にも救いがある事』、『神や転生の存在』に確信を持って頂けると思います。
ps://conversationswithgod.wixsite.com/kamitonotaiwa-matome
No.158
一切の有類は私の中にある
No.159
一才は一才にある
No.160
【神の言葉】(神との対話 1巻 より)
◆私(神)は全ての者に、常に語りかけている。
問題は、誰に語りかけるかではなく、誰が聞こうとするか、ではないか? P19
◆神は貴方方の人生を助けるが、貴方が期待しているような助け方はしない。
人生の環境や条件を創造したり、しなかったりすることは、神の働きではない。
神は神の姿をかたどり、神に似せて貴方方を創造した。
残りは、神が与えた力によって貴方方が創造したのだ。 P35
◆究極の結果が不確実だと思うから、貴方の最大の敵が生まれる。不安だ。
神を疑えば、不安と罪悪感をいだいて生きることになる。
神の意図を疑い、究極の結果を生み出す神の力を疑っていたら、安らかでいられるはずがない。
神は意図する結果を生むだけの力を持っている。 P37
◆物質的な宇宙(現世)に入った時、貴方方は記憶を捨てた。
忘れることで、単に(神の)王国の城で目覚めるのではなく、自分が何者であるかを選べるようになった。
そうすれば全ての選択肢を与えられた上で、自らを体験する事ができる。 P58
◆何千年もの間、人々は本当にしては素晴らし過ぎる、という馬鹿馬鹿しい理由で神の約束を信じなかった。
神を信じれば、神の最大の贈り物である無条件の愛と、神の最大の約束である無限の可能性が信じられる。 P82
◆あらゆる人と条件を祝福し、感謝しなさい。そうすることで、神の創造物の完璧さを認め、神への信頼を示しなさい。
神の世界では行き当たりばったりに起こる事は何もないし、偶然もない。
世界は、貴方方が運命と呼ぶ気まぐれな選択に翻弄されてはいないのだ。 P84
No.161
◆私(神)は、貴方方自身がしない事は何もしない。それが法則であり、預言だ。 P91
◆愛は究極の現実だ。それが唯一であり、全てだ。
至高の真実の中では、存在する全ては愛であり、存在した全て、これから存在するであろう全ても愛である。 P101
◆私は今、奇跡を行なっている。貴方に話しているだけでなく、この本を手にとり、これらの言葉を読む人全てに話しかけている。
その一人一人が誰だか、私は知っている。
誰がこれらの言葉への道を見つけるかも知っているし、(私の他のコミュニケーションと同様に)聞いて理解出来る人も、聞くだけで何も分からない人がいることも知っている。 P121
◆否定的な考えは頭から追い出しなさい。悲観主義を一掃しなさい。不安を拒否しなさい。 P158
◆「天国へ行く」のではない。自分がすでに天国にいると気付くだけだ。受容と理解があるだけで、その為の努力や闘いがあるのではない。
悟りとは、行くべき所もすべき事も無いし、今の自分以外の何者にもなる必要が無いと理解する事である。 P168
◆人生の意味とは、どこかに行き着く事ではない。自分が既に、そこ(目的地)にいる事、これまでもずっとそこにいたし、いつもいると気付く事である。 P179
◆貴方に起こる事、あるいは貴方を通して起こる事で、自分(貴方)の最高の善の為にならない事は何もない。 P298
No.162
ラーマーヤナの表現形式について
No.164
奈良先生の印度哲学来てた
No.165
アニメのアークナイツにインド哲学味を感じている
タルラを呪った不死の黒蛇ってジョーティッシュのカーラサルパドーシャそのもの
バーガヴァタプラーナをちょっと読んだけど黒蛇ってカリユガの象徴でもあるみたいだな
カリユガでは純粋な理想は闇に飲まれるから
アーミヤの魔王の力みたいな闇を祓う闇より深い闇みたいな力が必要なのかも
マハヴィディヤみたいな感じの
「私は暗闇を行きます」ってギーターに書かれているカリユガなど混迷の時代における夜の賢者そのもの
No.166
>>161

神との対話という本のことは胡散臭いと思ってるけど
全てが愛だというのは真理なんだよな
No.167
シャクティに心酔するクリシュナ