たぶん同じ小学校中学校で同窓生だと思うし
小学校の時は同級生だと思うけどしゃべった記憶もあるけどうっすらしか記憶がない
高校のとき卒業アルバムを見せてくれといわれたけど何の感傷もなかった
高校のとき同級生に公開放送につれだされ(たぶんNHK)歌を聴いた記憶はある
こんなスレを見つけたので高校以来思い出した
悲しいかな音楽にまるで興味がなくレコードCDを買ったことすらないのであった デビュー曲はドラマの主題歌になったから少しは売れたけどそうじゃなきゃ大した曲でもない
二曲目のデジタルナイトララバイのほうがよっぽど馴染みやすい曲だわ ありがとうが少しヒットしてたのきんのドラマとかにちょい役で出てたぐらいかこの人って
その後の歌は印象に残る程のヒット曲もないだろ
顔は決してブスじゃないけどアイドル向きじゃないと思う 1979年と1981年は「駄目ばっかり」なんて、自分ひとりの価値観で書いてスルーするなよ!
79年は
桑江知子>竹内まりや>倉田まり子>井上望>松原のぶえ
81年は
近藤真彦>山川豊>沖田浩之>祐子と弥生>竹本孝之
だぜ!!
知名度抜群、今もそれぞれの道で活躍。
ある意味大物揃いだろっ 確かに81年は女の新人アイドルが79年以上に不作だったからな。
これといったみるべき子がいなかったし。 ようつべ動画には甲斐智恵美も石坂智子もいくtるか上がってるね
石坂智子はありがとうとデジタルが殆どだけど 新人賞に選ばれなくても同期が強力でも悲観・卑下するな。
70年代女性アイドル最高峰は(キャンディーズでもなくピンクレディでもなく)山口百恵。
山口百恵の同期は、(50音順で)アグネスチャン・浅田美代子・あべ静江・安西マリア・桜田淳子と同期はかなり強力。各新人賞ではアグネス・浅田・あべ・安西・桜田が選ばれてが選ばれて、山口百恵は選ばれなかった。
しかし、最終的にはアグネス・浅田・あべ・安西・桜田の5人を山口百恵は抜いた。 「ただいま放課後」というドラマにゲスト出演して女優デビューする予定を同期アイドルから嫉妬イジメされて妨害された噂。 石坂智子さんは松田聖子がいなかったら紅白に出て、ありがとうを熱唱してた。 イシトモさんをイジメてた同期アイドルは松田聖子。聖子は金沢でドヤ顔でディナーショーするなら謝罪しやがれ!怒り💢(●`ε´●) 歴代石川県の歴代アイドルは元祖牧美智子、岩城徳栄、石坂智子、横須賀昌美、井上あずみ、若林加奈、大根夕佳、CCガールズ原田徳子、山本智美、キュピトロン濱田彩加、SUPER☆GIRLS阿部夢梨。男子はHey!Say!JUMP!OBの森本龍太郎。 寿司割烹 寿し良 〠921ー8031金沢市野町2丁目1ー3 犀川大橋近く 石坂智子さんは1980年で一番、美少女です。次は鹿取洋子さん。鹿取洋子さんは現役の女優さんで梅干し売りを副業にしておられます。元SUPER☆GIRLSの稼農楓さんは鹿取洋子さんと顔がソックリ! ☆ 日本人の婚姻数と出生数を増やしましょう。そのためには、公的年金と生活保護
を段階的に廃止して、満18歳以上の日本人全員に支給する、『ベーシックインカム』
の導入は必須です。月額約70000円位ならば、廃止すれば財源的には可能です。
ベーシックインカム、でぜひググってみてください。お願い致します。♪♪ 79年・81年・83年は駄目ばっかり。
83年デビューの松本明子が言っていた。82年デビューと83年デビューとに差があり過ぎた。 81年は伊藤つかさ、薬師丸歌手デヴューがあっただけでも充分じゃ?
まぁマッチ沖田もいたし 79年デビューでは倉田まり子と桑江知子とが優位だったけれど、この2人だってヒット曲なし。
桑江知子の「私のハートはストップモーション」は小ヒットしたけれど化粧品のコマーシャルソングだったからね。むしろ、化粧品のコマーシャルソングを考慮すれば「私のハートはストップモーション」はヒットしなさ過ぎ。
化粧品のコマーシャルソングの桑名正博の「セクシャルバイオレット」も堀内孝雄の「君の瞳は10000ボルト」もかなりヒット。
79年デビューで79年の紅白歌合戦に出場歌手はなし。
日本テレビ音楽祭のみで行われたデビュー2年目に与えられる「金の鳩賞」は79年デビューでは該当者なしだった。 78年〜83年までの6年は当たりと外れとが交互だった。78年・80年・82年が当たり。79年・81年・83年が外れ。
79年デビューで新人賞で優位だったのは倉田まり子・桑江知子。しかし、倉田まり子・桑江知子が78年・80年・82年にデビューしていたら完全に埋没していた。 81年は近藤真彦は凄かった。しかし、他は駄目ばっかり。
近藤真彦がジャニーズ事務所から歌手デビューしているのにもう一人ひかる一平を歌手デビューさせている。近藤真彦の陰に隠れてひかる一平が駄目になるのは目に見えている。ひかる一平はデビュー曲すらヒットしなかった。しかも、急に太ってデブになり不細工になった。
沖田浩之はデビュー曲のE気持ちは小ヒットしたが2曲目以降はヒットなし。しかも、E気持ちは「ABCABCハーンE気持ち」の歌詞が放送禁止となりNHK出演ができなくなった。
各新人賞数人に祐子と弥生が選ばれていたが、新人賞数人が全部男だったら余りに虚しいから誰か一人女を入れなければならないから祐子と弥生が入れただけ。祐子と弥生が78年・80年・82年にデビューしていたら新人賞数人に選ばれるのはなかった 島田紳助が司会だったTBSテレビのダウト!番組のスタッフで メイク石坂智子 ってあったけど 当人かなぁ 寿司屋の子供なら太田裕美・美木良介など。焼き鳥屋の子供なら寺島まゆみ。親の加齢・高齢で寿司屋・焼き鳥屋はとっくに閉鎖しているけれど。今の時代だから店を子供が継がないから。 金沢市の寿司🍣店を「秘密のケンミンSHOW」で紹介してください。美少女アイドル石坂智子さん! 石川県金沢市出身の井上あずみさんは松本明子さんと同期。 1981年デビューの矢野良子を覚えているだろうか?
1981年は近藤真彦は凄かったが他は駄目ばっかりだった。
駄目な1981年デビューでありながらヒット曲はおろか話題性すら集まらなかった矢野良子。
矢野良子は1981年3月デビューで、1981年3月に矢野顕子が「春咲小紅」を出している。
「春咲小紅」は化粧品コマーシャルソングであるのでヒットもしたし話題性も集まった。
矢野顕子は1981年3月デビューではなく(1981年より前から)歌手活動・芸能活動を行っていたが、ヒット曲はなかったので矢野顕子の存在も殆ど知られてもいなかったし芸能活動も殆ど行ってもいなかった。
1981年3月に「春咲小紅」がヒットして矢野顕子が知られ、矢野顕子が1981年デビューと思われて仕舞っていた。
「1981年3月デビューの矢野良子」と「1981年3月にヒット曲がはじめて出て芸能活動を本格的に行って世間にはじめて知られた矢野顕子」。
「矢野良子のデビュー(1981年3月)」と「矢野顕子の本格的な芸能活動(1981年3月)」とが重なって矢野良子と矢野顕子とを混合・誤解する人が凄く多かった。 83年デビューが「お神セブン」で集合!
1983年は外れ年だったからねえ。1983年デビューでは(たのきんトリオで話題を集めた)野村義男が中心となったザグットバイがやや優位だったけれどヒット曲もなかったし紅白歌合戦出場もしていないし。83年デビューで紅白歌合戦出場者は全くなし。
松本明子が言ってたけれど82年デビューと83年デビューとに差があり過ぎた。
82年デビューは、(50音順で)石川秀美・尾形大作・小泉今日子・シブがき隊・シュガー・中森明菜・早見優・日野美歌・堀ちえみ・松本伊代などで(松本伊代を除く)全員が紅白歌合戦出場経験あり。 (83年デビューの)松本明子が言ってたけれど82年デビューと83年デビューとに差があり過ぎた。
82年デビューの堀ちえみが口内癌を発表。82年デビューの他の人が励ましの言葉を送ったりしている。
堀ちえみ退院後には82年デビューで集まって同窓会を計画中と松本伊代。
82年デビューは、(50音順で)石川秀美・尾形大作・小泉今日子・シブがき隊・シュガー・中森明菜・早見優・日野美歌・堀ちえみ・松本伊代などで(松本伊代を除く)全員が紅白歌合戦出場経験あり。
82年デビューが勢ぞろいしているのを見て見たい。
83年デビューで紅白歌合戦に歌手としての出場は全くなし。なお、83年デビューでは松本明子がテレビチャンピオンの司会・レポーターで人気・話題が出てから松本明子はゲストとして紅白歌合戦に出場している。 石坂知子は静(「ありがとう」)と動(「デジタルナイトララバイ」)とを物にした。
同期は確かに強力だった。しかし、新人賞に選ばれなくても同期が強力でも悲観・卑下をしてはいけない。
サザンオールスターズ(78年デビュー)も山口百恵(73年デビュー)も新人賞にも選ばれなかったし同期も強力だった。しかし、サザンオールスターズも山口百恵も最終的にはその年デビューの最高峰になった。
石坂知子、今だに残念で仕方ない。 【超悪質!盗聴盗撮・つきまとい嫌がらせ犯罪者の実名と住所を公開】