カントの道徳論や倫理学について語ろう

レス数: 400

概要: 教会からは当然、敵視されたが
No.301
教会からは当然、敵視されたが
No.302
全てブログで得た知識
No.303
ブログを書いてるのも俺だよ
No.304
お前にそんな能力などない
No.305
わかった、わかった
No.306
神とは要請するものとしたんじゃなかったかな
求める者だけのものだから普遍的な神は存在しない
No.307
自助努力を説く、プロテスタントっぽい感じですな。
No.308
プロテスタントそのものだな
No.309
>>307

神とは招来させるものです
No.310
>>304

基地外は早く帰れ、いいかげん粘着するな
No.311
自分が馬鹿なことばかり書き込んでるのを棚に上げるなクズ
No.312
自己紹介するならここじゃないよ
>>311
>310
No.313
なんで、ここでやるんだ
波平スレでやれよ
No.314
この分野の日本人研究者としては、宇都宮芳明は外せないと思う。
No.315
マジメな人が好む分野だ
No.316
>>311

まず日本語を勉強しようね
No.317
>>306

馬鹿なことばかり書き込むな。
No.318
>>306

普遍的な神の意味もしらないで宗教を論じるとか
馬鹿なの?
No.319
馬鹿とかいうなゴミクズ
No.320
定言命法でなされる「〜しろ」という行動規範の根拠は何ですか?
例えば「嘘をつくな」という行動規範は最もだと思いますけど、それはカント的にはどのように導かれるのでしょうか?
神や法の命令?個人個人の確信?
No.321
総理が道徳破ってるから
No.322
総理ガー
No.323
内面道徳
No.324
>>320

自分自身の道徳法則
No.325
汝の意志の格率が常に同時に普遍的立法の原理として妥当しうるように行為せよ
No.326
定言命法の命令は、自分自身の意志から下される
No.327
>>321

スガはバイデンとの日米共同宣言で評価を上げたな
No.328
回答ありがとうございます
その規範が利己的なものでないかを反省した上で行動しなさいということなんですね
No.329
反省するようじゃ、絶対的な命令とは言えないんじゃないか?
No.330
格率ってそんなに厳しいものだったか
No.331
>>327

だが、選挙でボロ負けして再び評価を下げた
No.332
お前らみたいな身勝手で利己的な国民から善良な政治家が現れるわけねーじゃん、馬鹿じゃねw
No.333
政治家たるもの、閉鎖的共同体で浮いていた者から析出される。
No.334
和辻哲郎の『カント実践理性批判』を文庫化したら意外と売れるんじゃないかなあ。
原書を読むのは難しいから大家に解説してもらおうってなノリで。
No.335
カントの超越論的認識論は、現代人には古すぎて歴史的な価値しかない
倫理学としてなら、いまこそ逆に新鮮なんじゃなかろうか
No.336
>>320

おまえ馬鹿だろ、あたまおかしいの?
No.337
>>332

ぼっちにーと君は何がやりたいの?
No.338
ここは精神障害のクズの遊び場じゃないぞ
No.339
格率(かくりつ、独:Maxime)とはイマヌエル・カントによって提唱された哲学用語。
1785年に著されたGrundlegung zur Metaphysik der Sittenでは「格率」とは自分の持つ行為規則と定義された。
この格率の普遍化が可能であったならば自分は道徳的であるということになる。
そして普遍化可能な格率はそれが法則として成り立ち、それは全員がその法則に従うという形で秩序が形成されると考えられるような行為規則である。
No.340
Wikipediaだけど、これだけじゃ分からんな
No.341
>>340

格率は主観的な行動方針のこと
その方針を誰もが従うべき道徳法則と合致するように意志せよ、というのがカントの主張
No.342
>>11

1文が1ページを越えることもある
条件節や関係節、ほとんど文章のようなながさの形容的な分詞が多用されてて何がどこにかかってるのかを追いかけるだけで時間を食う
ドイツ人も読みづらいていうよ
No.343
>>15

最高善は徳福一致
定言命法は徳をなせと命じるので、定さ言命法に合致して行為することで徳は得られるが、それは最高善の一部しかない
やけども理性は自身の必然的な対象として最高善を欲するので、最高善の追求は定言的に命令される
No.344
>>17-18

目的の国は基礎づけにある定言命法のバリエーション(法式)の一つ
他の人を単なる手段としてでなく同時に目的として扱え、という目的自体の法式とは別に語られる
No.345
>>31

物自体に個数は言えない
数他性はあくまでも現象を認識する際の(人間の悟性の)制約なので
多いとも少ないとも一つとも多数とも言えない
No.346
>>115

理解力、知性と訳せばいい
知性はラテン語系のIntellektに当ててたので、他の訳語が必要だっただけ
悟性Verstandはラテン語の知性intellectusの翻訳語に過ぎない
No.347
>>306

徳に比例した幸福(最高善)を実現させる存在として理論的に必要なので要請される
また、最高善は理性の必然的な対象としてその実現を命じられる
だから神は信じたい人だけでなくてすべての有限な理性的存在者が必要としなければならない、というのがカントの弁
No.348
>>342

難解で悪文なのは自分でもわかっていたらしいw
「理解の徹底と明快な叙述をよくする才能は私には格別なさそうである」
と純粋理性批判の序文に書いてある
No.349
>>348

誰だったか(中島義道?)がカントはラテン語で考えてたからラテン語に置き換えると読みやすくなるて言ってた
文章構造とか普通に考えてそんなわけないけど、ラテン語系とドイツ語系と二系統ある用語(vernunftigとrationalとか)がラテン語系だけになるからその分だけは読みやすくなるかもね
No.350
画期的な内容の本は、たいていそんなもんだ
ケインズの「雇用、利子および貨幣の一般理論」もそうで、後に続く人たちが読みやすく書き換えるしかない